

- 近代日本


- 戊辰戦争(ぼしん)



- 原因




- 小御所会議(こごしょ)における徳川慶喜に対する辞官、納地の決定に憤激した幕臣と会津(あいづ)の藩兵が官軍と対抗



- 戦役




- 基調





- 官軍の北進




- 戦い





- 長岡藩、会津藩との戦争





- 五稜郭の戦い(箱館、函館)





- 鳥羽(とば)、伏見(ふしみ)の戦い(京都)





- 上野彰義隊の戦い(江戸)



- 時間




- 1868-1869



- ライバル




- 明治新政府と旧幕府側との内戦


- 中央集権



- 版籍奉還




- 時間





- 1869(明治2年)




- 措置





- 薩摩、長州、土佐、肥前の藩主を説き、四藩主が版(土地)、籍(人民)を天皇に返上





- 他藩主も奉還を命じた






- 藩主がそれぞれの藩の知藩事に任命した




- 結果





- 封建的な藩体制解体への第一歩





- 実質的にはまだ不十分であった



- 廃藩置県




- 時間





- 1871年




- 措置





- 西郷隆盛、木戸孝允(たかよし)、大久保利通(としみち)らが政府の中枢を固める





- 薩摩、長州、土佐の軍隊の力を背景に廃藩置県を断行した




- 結果





- 東京、大阪、京都の三府と72県(のち43県)が成立した





- 旧藩主は東京在住を命じられ、新たに中央から府知事、県知事が任命された





- 薩長藩閥による中央政権が完成した


- 地租改正



- 措置




- 土地の所有者を地券を交付して土地の所有権を認める




- 米を現金にかえておさめさせる




- 地価を地租の課税標準とする




- 豊凶に関係なく税率3%




- 土地所有者に課税する



- 結果




- 農民の不満が爆発して、農民一揆が頻発





- 1877年、政府は地租率を2,5%に軽減した



- 時間




- 1873-1881



- 背景




- 地方によって税率がそれぞれ




- おさめるものは米であったので、収穫によって政府の収入は不安定


- 西南戦争



- 時間




- 1877



- 原因




- 明治政府に対する不平士族の最大且つ最後の反乱



- 背景




- 西郷隆盛が征韓論に敗れて帰郷し、鹿児島に設立した私学校を中心に挙兵する



- 戦役




- 熊本城攻略に失敗し、西郷は自殺、反乱は鎮定された



- 影響




- 反政府運動はこれ以降武力を用いない自由民権運動へ進む


- 自由民権運動



- 定義




- 明治前期、藩閥政府に対し、立憲政治の確立を要求する運動



- 背景




- 藩閥政治に対して批判が高まり、福沢諭吉(ゆきち)らが紹介した西洋の自由思想が人間に広まっていく



- 分期




- 士族民権(1874-77)





- 政府に反感を持つ士族に基礎を置き、1877年西南戦争まで続く





- 板垣退助(いたがきたいすけ)、後藤象二郎らが民撰議院設立建白書に始まり、立志社を結成




- 豪農民権(1874-81)





- 愛国社を大阪で結成し、国会開設、地租減軽、条約改正、地方自治を要求





- 板垣退助が自由党、大隈重信(おおくましげのぶ)が立憲改進党を結成





- 愛国社は国会期成同盟会と改められ、運動はさらに発展した




- 農民民権(1881-84)





- 政府の弾圧と懐柔、内部対立から運動は分裂し、活動も衰退する





- 急進派は福島事件、秩父事件(ちちぶ)などを起こしたがいずれも鎮圧された




- 大同団結(1886-89)





- 条約改正をめぐって三大事件建白運動、大同団結運動として復活した





- 保安条例で弾圧され、幹部の脱落(後藤は入閣)もあって運動は衰退


- 鎮圧立法



- 自由民権運動




- 讒謗律(ざんぼうりつ)、新聞紙条例(1875)





- 集会条例(1880)






- 保安条例(1887)



- 労働運動




- 治安警察法(1900)





- 社会民主党を解散させた



- 社会、共産運動




- 治安維持法(1925)





- 日本共産党を鎮圧



- 共産主義暴力団体




- 破壊活動防止法(1952)


- 日清戦争



- 背景




- 日本と中国が朝鮮支配をめぐって



- 時間




- 1894-95年



- きっかけ




- 朝鮮の甲午農民戦争(こうご、東学党の乱)で日本や清軍がほぼ同時に出兵した



- 結果




- 日本軍は黄海海戦で大勝し、大連、旅順(りょじゅん)、威海衛(いかいえ)を占領し、日本は勝利して下関条約が締結された



- 下関条約




- 清国は朝鮮の独立を確認




- 軍費を賠償




- 遼東半島、台湾、澎湖諸島(ほうこ)を割譲




- 重慶、沙市、蘇州、杭州の開港



- 三国干渉




- ロシア、ドイツ、フランスが日清戦争で日本が占領した遼東半島を清に返せと要求し、一部の賠償金を清に返還した




- 以後、日本はロシアに対する敵意が強くなる


- 日露戦争



- 時間




- 1904-1905



- 背景




- 日本





- 日清戦争後、朝鮮支配の確立して満州進出を目指す




- ロシア





- 義和団事件に乗じて満州を占領し、さらに朝鮮進出を企む



- 動き




- 日英同盟





- 東アジアの利害を一致するイギリスと同盟を結ぶ




- アメリカもまた日本に好意であった



- 開戦後




- 日本は戦力の消耗と経済的負担に苦しんだ




- ロシアは国内に革命勢力が増大で悩んだ



- 終戦




- アメリカの大統領の斡旋でポーツマス条約を結ぶ



- ポーツマス条約




- 日本は朝鮮における優越権、旅順、大連の租借権や東清鉄道の一部を譲り受ける




- 樺太(からふと)の南半分を得て大陸進出政策を強化する



- 影響




- 日本はアメリカ、イギリスとの利害対立が生じた




- 賠償金は得られず、民衆の不満は「日比谷焼打事件」を引き起こした


- 韓国併合



- 時間




- 1910-1945



- 背景




- ポーツマス条約によって韓国の外交権を奪い、内政と軍事を掌握



- 抵抗




- 初代統監伊藤博文(いとうひろぶみ)が独立運動家安重根(あんじゅんぐ)に暗殺された



- 結果




- 暗殺事件後、日本は併合を強行し、韓国を改めて朝鮮と称し、朝鮮総督府を置いて支配する


- 世界大戦



- 第一次




- 時間





- 1914-1918




- ライバル





- 三国同盟






- ドイツ、イタリア、オーストリア





- 三国協商






- イギリス、フランス、ロシア







- アメリカなど27か国が連立






- 日本は日英同盟を理由に参戦




- 結果





- 日本はドイツの中国山東省青島(ちんたお)やドイツ領南洋諸島を奪った





- 日本は二十一か条で中国支配を強化した





- ベルサイユ条約を結で、アメリカと日本が台頭



- 第二次




- 時間





- 1939-1941(太平洋戦争)ー1945




- ライバル





- 枢軸国






- 日本、ドイツ、イタリアなど





- 連合国






- アメリカ、ソ連、中国など




- 結果





- 日本もポツダム宣言を受けて、終戦した


- GHQ



- 名称




- 連合国最高司令官総司令



- 時間




- 1945-1952



- 総司令官




- マッカーサー



- 動き




- 日本政府に指令が出され、民主化の諸改革が行われた
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